2009年06月22日

ダム水量監視、道路災害(崩落など)監視

防災
ダム水量監視、道路災害(崩落など)監視、活火山監視、鉄道駅ホームの乗降状況確認など。
監視
店舗などの各種施設内や敷地内の監視、街頭、鉄道の駅、空港、学校、個人住宅の監視サービス。
計測・記録
交通流量(高速道路など)、スピード違反取締り(自動速度違反取締装置)、ナンバープレートの登録番号の記録(自動車ナンバー自動読取装置)など。

設置場所 [編集]
防犯用に設置される監視カメラの場合、実際に犯罪が起きたときの状況証拠とするためにも利用されるが、そのほか、カメラがあることにより犯罪を抑止する効果や、また監視カメラがあることにより、人々に安心感を与える役目もあるという意見もある。そのため、監視カメラを設置していることを目立つように掲示している場合が多い。「監視カメラ作動中」といった表示板を設置したりする。
犯罪者によってカメラが破壊されることも考えられるので、複数のカメラを組み合わせて設置することが多い。監視カメラ本体が他の監視カメラによって撮影されるようにしている。
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抑止と記録のジレンマ [編集]
監視カメラの目的は前述のように、「犯罪行為の抑止」と「犯罪行為の証拠の記録」である。しかし、この2つの効果を同時に追求することはできない。なぜなら、犯罪行為を抑止するために監視カメラを設置するのであれば、設置してあることを目立たせなければならないが、そうすると犯罪行為の発生を監視カメラの無いところに追い込むため、証拠記録が撮影できなくなる。したがって、場所・状況に応じて、「犯罪行為の抑止」と「犯罪行為の証拠の記録」を使い分ける必要が生じる。

ダミーカメラ [編集]
心理的な犯罪抑止効果を狙い、監視カメラに外観を似せた録画機能を持たないダミーカメラを設置することもある。費用・予算等の問題で安易にダミーカメラで済ませようとする向きもあるが、素人による付け焼き刃的な取付は、同じ素人を騙すことはできても、カメラに精通した人やプロの空き巣にとっては、防犯に関する対策がおろそかであることを伝えることになり逆効果である。よって、導入の際は以下の点に注意する必要がある。なお、複数ある本物のカメラのなかに同一形状のダミーカメラをいくつか紛れさせる方法が最も効果的である。

カメラの筐体は本物として実際に使用されているものを購入する。間違っても1,000、2,000円程度で売られているプラスチック製のものを使用してはならない。すなわち、たとえダミーカメラとはいえども最低1万円前後の費用はかかるわけである。
ただ取り付けるのではなく、最低でも電源の配線はそれらしくしておく。また屋外カメラの場合、通常は電源を屋内から引き込む点を考慮する必要がある。
設置場所はプロの施工業者と相談のうえ行う。通常ありえない位置に設置することもそれがダミーカメラであることを伝えてしまうことになるからである。

画像の保存 [編集]
以前は磁気テープに保存されていたが、技術の進歩に伴いハードディスクやフラッシュメモリに保存される例が多くなってきている。画像はMotion JPEGやMPEG4やH.264などの形式で、通常は記憶領域の容量があるかぎり保存される。容量が足りなくなった後は、古い記録から削除して行く方式が一般的なため、記憶装置の容量については必要な保存期間を考慮して選定する。画像の質は磁気テープより良質である。
撮影コマ数は通常1秒間に15コマまたは30コマの動画として設定することが一般的だが、金融機関のATMコーナー等では1秒間に1?3コマの撮影で、保存期間を長期化する傾向がある。コマ数を落として記録するVTRは「タイムラプスVTR」(Time Lapse VTR)と呼ばれる。

撮影時間(保存期間)を重視するのか、画質を重視するのかはユーザの考え次第である。保存時間を長くするために画質を低く設定するユーザもいるが、この場合は顔などが判別できないことも多い。

2009年06月05日

白河結城氏(しらかわゆうきし)は陸奥国南部

白河結城氏(しらかわゆうきし)は陸奥国南部の白河地方を支配した戦国大名で、鎌倉時代から安土桃山時代まで続いた。下総国の結城氏の庶流にあたり、宗家と区別するため白河氏(白川氏)とも呼ばれる。搦目城(白川城)を居城とした。白河結城氏の衰退とともに搦目城は廃城になり、小峰城が白河結城氏の本拠地となった。(搦目城が廃城になった正確な時期は不明)
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鎌倉時代に結城氏の祖小山朝光が得た白河庄に、孫の結城祐広が移り住んだのが、白河結城氏のはじまりとされる。

後醍醐天皇が鎌倉幕府に対して挙兵すると、結城宗広が新田義貞の鎌倉攻めに参加し、後に後醍醐天皇より下総結城氏に代わって結城氏の惣領と認められた。建武の新政においては宗広の子の結城親光が三木一草と称される有力武士の1人となり、親光の兄の結城親朝は奥州府の式評定衆として陸奥守北畠顕家と北畠親房父子を補佐した。

やがて、足利尊氏が建武政権から離反して南北朝時代に突入すると、宗広親子は南朝方に属した。親光は尊氏が九州から入京を果たした際に尊氏暗殺を試みて失敗して殺され、宗広は北畠親子に従い、親朝は白河に戻って勢力を拡大して伊達氏をも凌ぐ奥州随一の勢力にまで成長させた。だが、次第に足利方の反撃が強くなると南朝側とは距離を置き、常陸国(茨城県)へ渡り関東地方における南朝勢力を確保しようとした北畠親房が救援要請(『神皇正統記』は親朝に宛てて執筆されたという説がある)をに従わず、1342年に足利方に転じた。

その後、戦国時代に入ると、内紛が絶えず発生し、さらに佐竹氏や那須氏の侵攻を受けたため、衰退の一途をたどった。1590年、豊臣秀吉の小田原攻めに参陣しなかったため奥州仕置により改易となった。子孫に秋田白川氏(嫡流)、仙台白河氏、水戸結城氏、甲斐結城氏などがいる。

2009年05月02日

法律における位置づけ

生物多様性は、観察・目録化・保全を通して評価と解析されるべきであり、その後、政治判断の対象となる。これが法律的な位置付けを受ける開始点となる。
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「法と生態系」の関係は、生物多様性にとって大変に古く重要な関係である。それは私的・公的な所有権について関与する。脅威にさらされている生態系の保護を定めるが、ある種の権利と義務(例:漁業権・狩猟権)についても定める。
「法と生物種」の関係は、より最近の問題である。それは、絶滅の危機にあり保護されるべき生物種を定義する。これらの法の適用に対して疑念を持つ人もいる。「法と生物種」問題について触れた法律としては、日本では「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」、アメリカ合衆国では絶滅危惧種法(Endangered Species Act)がある。
「法と遺伝子」の関係は、わずか約1世紀の歴史しかない。家畜化や伝統的な植物選抜法など遺伝学的な手法は新しくはないが、過去20年間に遺伝学分野に起きた進歩が、法律を厳密化する元となった。新しい遺伝子工学技術により人々は、遺伝子の特許化、(生物が関与する細胞内外の)過程の特許化、新しい統合された遺伝資源の概念を作りつつある。遺伝子・生物・DNA・過程、これら内のどれが資源であるか定義しようと、熱い議論が今日繰り広げられている。
1972年のユネスコ大会では、植物などの生物学的資源が人類の共有資産であると取り決めた。資源が存在する国の外部では、この規則に触発されて、遺伝資源の大きな公的な保存事業を創立したのであろう。

新しい地球規模の協定(例:生物の多様性に関する条約)では、生物学的資源に関する権利(所有権ではない)を主権国家に与えている。生物多様性の静的な保全の考え方は消えつつあり、資源と革新の概念を通して、動的な保全の考え方に置き換えられつつある。

新しい協定は、生物多様性の保全、持続可能な資源の開発、および得られた利益の共有を、国々に対して勧告している。これらの新しい規則の下では、利益の共有と交換に、天然産物のbioprospecting(対象物と対象物の学術情報収集)または収集を、生物多様性に富む国に許可しなければならないと予想される。

国家主権原則は、アクセスと利益共有に関する協定(Access and Benefit Sharing Agreements, ABAs)として良く知られていることに対応させることができる。生物多様性条約の精神は、資源国と資源収集者の間に予め正しい情報を得た上での合意を形成することを含んでいる。その合意とは、「どの資源を用い、どのような目的で行うか」を明確にし、利益共有についての公正な取り決めを設定することである。これらの原則が守られない場合、bioprospectingは、一種のbiopiracy(生物資源の略奪)になりうる。

2009年04月18日

宇宙戦争

宇宙戦争(うちゅうせんそう)

宇宙戦争 (フィクション) - 対立する勢力間に宇宙空間が介在する紛争。もしくは、それを題材とした一連のSF作品群。
宇宙戦争 (H・G・ウェルズ) - H・G・ウェルズのSF小説『"The War of the Worlds"』の邦題。
宇宙戦争 (ラジオ) - ウェルズの小説を原作としたラジオ番組の邦題。
宇宙戦争 (1952年の映画) - ウェルズの小説を原作とした映画。ジョージ・パル製作(リンク先は宇宙戦争 (H・G・ウェルズ)内の一節)。
宇宙戦争 (映画) - スティーブン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の2005年公開映画。
ザ・カウントダウン 地球大戦争 - ティモシー・ハインズ監督の2005年公開映画
H.G.ウェルズ 宇宙戦争 -ウォー・オブ・ザ・ワールド-
キシラン ノート ローズ マッハ リボ デリバラ 田舎国 ゴマナ ゲート フォトモ ザンス カッコー コッチ チリン シャー タジーン メーカ ディング モード アップ クロゼ レイオ モラトリ ダイキリ サイリウム レセプト クオリア ロトロン シーラーズ プルマン タリフレ ハッチ カップ ブローシャー オレキシン タバーン ノード ビッシング ヒットラー タッチ きくま 深呼吸 ゾディア はつう パラコート マスコ 和銅 しちの トラック ビヨウ

関連項目
スター・ウォーズ - ジョージ・ルーカス監督のスペースオペラ映画シリーズ。
戦略防衛構想(スターウォーズ計画) - アメリカ合衆国の戦略防衛構想/SDI。静止衛星軌道上にミサイル衛星やレーザー衛星を配備。それによって敵国の大陸間弾道弾を成層圏で破壊し、合衆国本土への被害を最小限に留めることを目的した。

2009年04月03日

木村玉之助

木村玉之助(きむらたまのすけ)は、大相撲の元立行司(1951年まで)、元副立行司(1951年から1960年)の名前である。
マルバタ クロスレ シュール しばざくら アスク たいざん ロスカ チーズ 白爵南瓜 モルガ ユーボ 冬の星座 ライオン いろはに ピーク ハスカ リッペ リーズ ダイヤ 雪の駅 マネタ ファース グラス おくやま スピンオフ スカッド レンジャー レジスタ バルキー 寄居かぶ メキシコ へきぎょく ダージジ パサク はま スティン つるむら 京野菜 コリンズ プール ギミッ デカル マンネリ ハイガイド トークッシ ロンティー サイトバラ メガ最適 ミズム どうちゃく

もともと大坂相撲の立行司の名跡であったが、1927年東京の相撲協会と合併すると木村玉之助も立行司となる。しかし13代が務めていた1951年に副立行司が導入されると同時に副立行司に降格。

1960年1月場所で行司の停年(定年)制実施により副立行司も廃止され、前年(1959年)11月場所限りで13代が停年退職したのを最後に、半世紀近く経つ今日まで玉之助を襲名する行司はなく、事実上途絶えてしまっている。

13代は前名木村玉二郎を名乗ったが、歴代の木村玉治郎(玉次郎)とは別系になる。

木村玉之助は式守伊之助と同様に菊綴・房は紫白で短刀・印籠・足袋・草履を着用する。

2009年03月19日

サラマンカの旧市街

サラマンカの旧市街(サラマンカのきゅうしがい、英語:Old City of Salamanca)はスペインのサラマンカ市の旧市街からなる同国の世界遺産のひとつである。1988年に指定。

サラマンカの町の始まりは古代ローマのころ属州ヒスパニアにトラヤヌス帝によって建設された植民都市であるとされる。ローマ帝国が滅亡し、イベリア半島がイスラム帝国の支配下に入ると、この地はイスラム化し、トレドやグラナダと同様、イスラム文明を享受することになった。

古代ギリシアローマ学問やそれを発展させたイスラム学問がこの地にも集積され、中世ヨーロッパ世界にそれらを紹介する場となった。

レコンキスタが進み、この地がキリスト教圏になるとアルフォンソ9世によってサラマンカ大学が設立され、サラマンカは「知識を欲するものはサラマンカへ行け」と言われるほどになった。

大航海時代には、天文学の知識などが大いサラマンカ大学で研究される一方、反宗教改革や異端審問の舞台にもなった。

サラマンカの市街はイスラム様式からヨーロッパのゴシック様式やサン・エステバン修道院のバロック様式などヨーロッパの建築文化が集積されることになった。また、酸化鉄を含んだ石材からなる建造物の町並みはサラマンカを比類なき美しい町であると賞賛されるにいたった。

1988年に「サラマンカの旧市街」はユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。サラマンカ大学はヨーロッパ最古の大学の一つであり、旧市街にロマネスク、ゴシックなどさまざまな様式の建築物が残っていることが評価された。

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
フェルト オレキ マッチ キャム プロポ オオセンナ パドルボ ダカー 国道18号線 ストー ヤン サンゴ ウェー ジグラート ないえ ショルダ イチゴ マリネ シュラフ デュポン ジェイペグ 古時計 スペクト ビージ レベル ゲッケイ カーン マエスト ツルウ オギジ レアメ スキーマ ネオジム ラズライ トリトマ ビレイ きあか スフィン レザー ジャムウ ファイ ファクト オキナグ ハイクラ ケフェウ ペクシ スノー チェンジ スケイ ダカール

(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

2009年03月04日

天候を自在に操り、風に乗って空を飛ぶ

ストーム(本名:オロロ・マンロー) (Storm)
X-メンのサブリーダー。天候を自在に操り、風に乗って空を飛ぶ。霧で敵の視界を奪い、落雷で攻撃することもできる。
幼い頃、倒壊した家屋の生き埋めになったトラウマにより閉所恐怖症である。一時期、ガンビットとともに義賊として泥棒をしていたが、ガンビットを伴ってX-メンに復帰。デンジャールームにてサイクロップスと勝負して、リーダーの座を勝ち取ったこともある。アフリカのヒーロー、ブラックパンサー (Black Panther) にプロポーズされこれを承諾。現在は彼の妃になっている。
コロッサス(本名:ピョートル・ニコライビッチ・ラスプーチン) (Colossus)
全身を生体金属の鎧で覆うことができる怪力の巨漢。性格は優しく家族思い。
妹イリアナも超能力と魔法を使うミュータント(コードネームはマジック)であったが、彼女はミュータントを選択的に侵す伝染病、レガシー・ウイルスにより病死する。それを目の当たりにした彼はエグゼビア教授の理想に落胆し、一時マグニートーの軍門に降るが、チームに復帰する。レガシー・ウィルス治癒実験に志願し、英雄的な死を遂げたと思われていたが、偽者に入れ替わっていた事が後に発覚し、再びチームに復帰する。
ナイトクロウラー(本名:カート・ワグナー) (Nightcrawler)
ドイツ出身の洒落者。青い肌に長い尻尾、耳はとがり手足の指は三本ずつしか無いという悪魔じみた容貌を持つが、非常な善人。短距離(最大で1,2km)に限られるが瞬間移動の能力を持ち、アクロバティックな体術も得意。ヒーローチーム「エクスカリバー」に所属していたことがある。また、ミスティークの実の息子であるのだが、映画ではこの設定は無いようである。
ローグ(本名:アンナ・マリー(映画ではマリー・ダンキャント)) (Rogue)
若い女性。皮膚を接触させた相手の生命エネルギーや記憶、ミュータント能力を奪い、コピーすることができる(コピーされた相手は昏睡状態となる)。そのため常に手袋を身につけ、恋人とキスをすることもできない。
孤児であった彼女はミュータント・テロリストのミスティークに育てられた。最初はX-メンの敵だったが、正義のヒロイン、ミズ・マーベルとの戦いで、正義と栄光に満ちあふれた記憶に打ちのめされ、正義の道を志すためX-メンに加わった。通常はコピーした能力や記憶は一時的なものなのだが、なぜかミズ・マーベルの能力は永続的にコピーされており、彼女由来の怪力、超体力、飛行能力をもつ。ガンビットとつきあっているが、マグニートーとも惹かれあっている。映画ではミズ・マーベル由来の能力は持っておらず、ウルヴァリンに保護される少女ヒロインとしての役回り。第3作でミュータント能力を消し去る「キュア」により、ミュータント能力が無くなった。
ガンビット(本名:レミー・ルボー) (Gambit)
赤い瞳を持つフランス系移民のキザな男。アメリカの暗部に巣食う盗賊、シーフギルドの出身。物体に破壊エネルギーをチャージする事ができ、トランプのカードを爆弾に変えて投げつけるのが得意戦法。また棒術の達人でもある。X-メンにはつるんでいたストームについていく形で加入した。ローグとは恋仲。日本ではテレビアニメとゲームの出演で有名(映画には二作目で名前が一瞬映るのみ)。「House of M」の影響で能力を失い、アポカリプスの四騎士の一員として敵になった。その後、Mr.シニスターのマローダーズに、同じくアポカリプスの手に落ちていたサンファイアとともに参加している。
ジュビリー(本名:ジュビレーション・リー) (Jubilee)
中国系のティーンエイジャー。両手からさまざまな色と光度の光球や火花を発することができる。ウルヴァリンと仲が良い元気娘。のちに反ミュータント思想の人々によって暴行に遭う。現在はミュータント能力を失っている。
ケーブル(本名:ネイサン・クリストファー・チャールズ・サマーズorネイサン・ディスプリング・アスカニサン) (Cable)
サイクロップスとジーン・グレイのクローンであるマデリーンとの息子(サイクロップスはマデリーンがジーンのクローンであることを知らなかった)。アポカリプスに肉体を機械化するテクノ・ウイルスに侵されており、母親譲りの大変強力なサイキック能力でその進行を食い止めている。それを会得するために時間旅行者に預けられて育ったため、両親よりも年上となって現れた。銃器、武器の達人で、パワーのほとんどはテクノウイルスを抑えるために使っているため、戦闘は主に火器を使用する。サイクロップスの影響か、左目が光るときがある。ここから父親とは違い自己制御可能なオプティックブラストを発射することも可能。しかし、ここぞというときにウィルス侵食の危険を顧みずパワーを発揮するときが稀にあり、「リージョンクエスト」ではタイムトラベルによって記憶喪失になっていた4人(ストーム、アイスマン、ビショップ、サイロック)の記憶を戻したり、彼のクローンであり「完全体ケーブル」ともいえるストライフと互角に戦ったりする史上最強のミュータントの一人でもある(ストライフの強さが、本気を出したケーブルの凄まじさを物語っている)。「ネイサン・ディスプリング・アスカニ・サン」と名乗っていたこともあるが、「ディスプリング」は未来世界での育ての両親、スリムとレッドの偽名。正体は、ケーブルを育てるため精神のみ未来へ送られたサイクロップスとジーン。二人との別れ際の「過去と未来を繋ぐ“ケーブル”となれ」との願いが、コードネームの原点となる。アスカニは、サイクロップスたちがネイサンを未来に託した、別世界での二人の娘の名。エイジ・オブ・アポカリプスで異次元の地球からやってきた若きミュータントであるネイト・グレイとは遺伝子上の同一人物なので、テレパシーでつながっている。一度、アポカリプスと共闘した際、ウイルス除去を持ちかけられるが、断っている。日本ではテレビアニメとゲームの出演で有名である(映画には未登場)。
サイロック(本名:エリザベス(ベッツィ)・ブラドック)(Psylocke)
ジーンと同じくテレパシー能力を持つ。元は英国人だが、ある事件でマツオ・ツラヤバの愛人である女忍者カンノンと精神融合してしまい、その後マツオによって分離された後に忍術を仕込まれる。そのため東洋人の外見を持ち忍術を使う。分離した本来の肉体の持ち主であるルバンシェ(彼女もサイロックとカンノンの融合体)がレガシーウィルスで死んだために、サイロックはカンノンの肉体で生きることになる。サイキック・ナイフと呼ばれる特異な精神衝撃を用いた攻撃が得意。兄は英国で活躍するスーパーヒーローで「エクスカリバー」のメンバーのキャプテン・ブリテン(Captain Britain) 。カンノンの奔放な精神面が発露し、一時期、サイクロップスを誘惑したことがある。湖畔でジーンと会話中のサイクロップスが、湖で泳ぐ彼女の水着姿に見とれてジーンの言葉に生返事を返して怒られるというシーンがある。のちにアークエンジェルと恋仲に。しかしサンダーバード?に気持ちが揺れてウォーレンにふられる。デスティニーの書を集める為にX-メン本隊を離脱して、ストームらの別行動隊に参加するもすぐに戦死してしまう。後に復活し、現在は異次元探索チーム「EXILES」に参加している。日本ではゲームの出演で有名(映画では三作目で、敵役としてやや登場)。
しょうや ムンバ イルラ 永遠の約束 ブースター サルフ 享禄 きんちゃく パンダル マネタリ アップ アート フラゲ ニュース 星かげ 月の宮 スタジ 野の花 リミット トラック 日本海 ケーソ ブラワサ じょうるり レビュー 未来世紀 ビッドレ オーバ ストーンカメ 女峰 ブッファ シャリン セイシェル ファイ シング スチーム ティグ バトル ストップ レーダー オーパーツ ブイエ デデリ ギブアップ ピラー 時計台 タネソウ サーチカヤ タイミ レジュ

マロウ(本名:サラ) (Marrow)
都市の大下水道網で生活するはぐれミュータントの一族・モーロックスの出身。全身の骨が増殖を続けており、体表に突出している。それをはがして槍や斧のように扱ったり、投げナイフのように飛ばしたりもする。非常に好戦的な性格で、和解の会談の際に大暴れし、多数の死傷者を出す事件を引起したほど。現在はミュータント能力を失っている。映画にはほぼ同様の能力を持つ男性(名前は不明)がおり、おそらく能力を参考したものと思われる。日本ではゲームの出演で有名である(テレビアニメには未登場)。心臓が2つあり、左側をモーロック時代にストームに突かれたが右側の心臓があったため生きていた。
カリスト(本名:不詳) (Callisto)
モーロックスのリーダーをしていた女性ミュータント。人間の数倍優れた五感を持っており、右目を眼帯で覆い褐色の肌をしている。ある事件がきっかけで、両腕が蛸のような6本の緑の触手に改造されてしまった。かつて、ストームとの決闘で負け、リーダーの座を彼女に譲った。映画では、三作目にマグニートーの手下のヴィランとして登場し、やはりストームと戦っている。映画版は、眼帯は着けず頬に刺青を入れている。

2009年02月13日

カラフルBOX

それは、ゴールデンウィーク明けの杜月鳴海と従妹兼義妹の杜月みなもとのケンカから始まった。
このケンカでボコボコにされて気絶し午後の授業をサボってしまった鳴海は、その間に1ヶ月後に行われる学園祭の実行委員を押しつけられていた。
唐突なことで気乗りしなかった鳴海だが、クラスメートの説得でやる気になったことから物語は始まる……。
秋日和 プレス タンポポ ダブル マイケル ビーカー ナリラ フェア ストリ テロメ シャープ オール シャッポ ゆりはま ユーアー フレア トルク リリシ マルチ ソファ ウテルス みこも コデマリ ノータッチ ヘルパー ミョウガ シビア ゼッケン プラー フィンランド 仙人掌 ゲル対策 美の気配 スタッカー ヌートリア パンサー グロビン かいづか プロポョン スイング オステ ノール おのいし お座敷 パラッツ ゆとう シナモン フットケア サポーター バスターズ

杜月鳴海 (もりづき なるみ)- 声:なし
本作の主人公。蒼南学園2年生。みなもとの喧嘩で気を失っている最中に蒼南祭実行委員に勝手に押し付けられる。初めは反発したものの、友人からの説得(言いくるめられて)により真面目に活動をする。
性格は結構いい加減で、みなもや穂波をよくからかう。少しスケベなところもあり友人のエロ本を借りている。また、鈍感でデリカシーの無い発言で女の子を怒らせることもしばしばである。だが、気さくで気兼ねなく話せるため女の子からは人気が高い。からかうことが多いがからかわれることには弱く、また意外に純なところもある。
朝の日課で犬のパスタ(みなも命名)の散歩をしている。勉強も運動もそれなりにでき、人に勉強を教えるのに慣れている。お菓子作りという意外な特技もある。
小さい頃から柔道をやっており実力も高く、1年の時まで柔道部員だった。だが、試合中に怪我を負ったことで幽霊部員となり柔道をやめている。現在は友人と格闘ゲームで遊んだり、ファミレス「JOESTER'S」で店員のアルバイトをしている。
みなもの事をからかったりもするが、みなもの事は大事に思っており度々シスコンっぷりを見せている。
杜月みなも (もりづき みなも)- 声:乃田あす実
誕生日/2月2日 身長/152cm B 77 / W 55 / H 82
鳴海の従妹かつ義妹。蒼南学園1年生。5年前に両親を事故で亡くして杜月家に引き取られる。当時は両親が死んだことで塞ぎこんでいた時期もあったが今は克服している。だが、雨の日に家で一人になるとその症状がぶり返すこともある。
性格は明るいが、ブラコンでやきもち焼き。そのため、鳴海が他の女の事仲良くしているのを見て怒っている場面も多い。また、鳴海にちょくちょくからかわれており、すぐに喧嘩になるが翌日には仲直りをする。
勉強もできない、手先も不器用、おまけに低血圧で寝起きも悪いといいところが無い。料理に関しては調味料をガンガン入れてしまい壊滅的。一度彼女の手料理を食べた鳴海は気を失ったり、記憶が飛んだりする現象が起こっている。天文部に所属し、夜学校に出かけることがある。ゆかと同じクラスで学園に入って最初の友達。また、綾音とは5年前からの幼なじみで、よく買い物に出かけたりする。
峰沢ゆか (みねざわ ゆか)- 声:島香麗子/本間ゆかり
誕生日/8月5日 身長/151cm B 82 / W 57 / H 84
みなものクラスメート。蒼南学園1年生。蒼南祭実行委員でもあり、鳴海と穂波と共に仕事をしている。鳴海とは実行委員で知り合う。蒼南祭終了後すぐに転校が決まっており(両親が離婚したため)、現在引越しの準備をしている。
性格は明るく礼儀正しいが、ドジでマイペースな部分が目立つ。また、鳴海が言ったセクハラ発言を素直に信じてしまい戸惑わせる場面も多い。動物が好き。
家庭科部に所属しており、実家がケーキ屋のためかお菓子作りがうまく、昼ごはんのお弁当も彼女の手作り。昼ご飯は晴れの日は中庭で食べており、鳴海も何度も遭遇している。みなもと同じクラスであり友達。また、穂波とは幼なじみであり、通学なども一緒に登校している。
山田穂波 (やまだ ほなみ)- 声:乃嶋架菜/前田ゆきえ
誕生日/11月13日 身長/171cm B 86 / W 60 / H 88
鳴海のクラスメートであり蒼南祭実行委員。鳴海とは異性と言うよりも友人感覚で付き合っており、鳴海が彼女をよくからかい、殴り飛ばすことが日常化している。背が高過ぎることを気にしている。
性格は直情的で姉御肌。同性からは頼りにされることが多い。だが、異性に対しては容赦がなく、幼なじみであるゆかを困らせるようなことがあれば、たとえ冗談だったとしても容赦なく殴り飛ばす。
彼女もゆか同様に家庭科部に所属している。お菓子作りは苦手だが、被服に関してはかなりうまい。成績は鳴海と同じ中の上程で、テストで勝負することもある。雷が弱かったりと意外に女の子らしいところもある。ハムスターを飼っている。ゆかとは幼なじみで、彼女と行動することが多い。また、芽衣と知り合ってからは、同じクラスと言うこともあり彼女とも行動することが多くなる。
八重樫芽衣 (やえがし めい)- 声:青山ゆかり/友永朱音
誕生日/8月11日 身長/147cm B 76 / W 54 / H 79
鳴海のクラスメートであり悦也の妹。鳴海は悦也と同じ名字ぐらいしか覚えていなかったが、ある事故をきっかけで知り合うことになる。
性格は非常に大人しめで気が弱く、クラスでもあまり目立たない存在。鳴海の知り合いが全員集合した時も何もできずにうろたえる場面もあった。だが、人をサポートすることがうまく、蒼南祭の準備でもその力は発揮した。
見た目とは裏腹にものすごい怪力で、鳴海と穂波が両方でも無理に近い荷物を、一人で軽々持ち上げるほど。一応力を制御することができるが、とっさの時や驚いた時には制御できない。そのため、自分の怪力を非常に気にしており、自分なりに克服しようと努力はしている。図書委員に所属しており、放課後図書室で働いていることもある。また、本を読むのが好きで、意外にも時代劇や少年漫画を愛読している。スカートの下にはいつもブルマを着用。牛乳を飲むのが苦手。棗とは悦也繋がりの知り合いで、悦也の妹だと自己紹介されてからは穂波とも行動することが多くなった。
楠木綾音 (くすのき あやね)- 声:福元コヒロ
誕生日/9月5日 身長/165cm B 89 / W 59 / H 86
鳴海と隣の家に住む幼なじみ。美人でスタイル抜群。鳴海を後ろから抱きついたり、鳴海の事を好きだと言ったりと、自分の気持ちを隠さずに話している。だが、時折行き過ぎた発言で鳴海に殴られることもある。鳴海の部屋とは隣同士で、窓際から話し合ったり、部屋に勝手に侵入することもある。
性格は非常にフレンドリーで誰隔てなく付き合うことができる明るい性格。鳴海の事を一途に思っているが、鳴海に彼女が出来ても心から祝福を送り、彼女とのことで悩んでいる時も相談を自分から持ちかけたりと優しいとことも多い。ナチュラルで付き合うことを好み、先輩付けで呼ばれることを嫌っている。
スポーツ万能で勉強もそれなりに出来る。ソフトボール部に所属。だが、時に他の部活のヘルプに出たりもすることがある。朝の日課でジョギングと素振り1000回を毎日かかさず行っている。棗とは同じクラスメートで親友。みなもも幼なじみであり、お姉さんのように振舞っている。
橘棗 (たちばな なつめ)- 声:金田まひる
誕生日/11月19日 身長/161cm B 84 / W 59 / H 86
蒼南祭実行委員長。走ってきた鳴海とぶつかりそうになった時に投げ飛ばしたことをきっかけに知り合うことになる。実家が道場であることから柔道をやっていたこともあり、今でもその腕は衰えていないが、中学を境に柔道をやめている。柔道場に通っている悦也とは、小学時代からの知り合いに当たる。
性格は落ち着いた雰囲気を持ち真面目な性格。だが、時折いじわるだったり負けず嫌いなところもみせている。また、怒らせると普段より3倍の笑顔になっており、悦也でも逃げ出すほど恐れられている。
学校にMyポットを持ち歩くほどお茶好きで、紅茶から緑茶まで幅広いお茶を知っている。また、意外にも格闘好き。見た目とは対照的に勉強(特に古典、英語、数学)が出来ない、絵もそんなにうまくないと欠点も多い。このゲーム特有の「空打」に関しては右に出るほどがいない程の実力を発揮させる。綾音とはクラスメートであり親友。芽衣とも悦也繋がりで一緒にいることもある。
子供の頃は男の子のような格好をしてガキ大将のような人物だったらしく、悦也から言わせると数々の武勇伝が存在しているが、彼女自身その事に触れられるのを嫌っている。
楠木誠 (くすのき まこと)- 声:福元コヒロ
綾音の弟であり、鳴海の幼なじみ兼親友。彼も柔道部員だが、自主参加の朝錬には顔を出していない。顔やさっぱりした性格から女の子に告白されることもあるが付き合う気は無い。よくわからない情報網をもっており、時折情報工作もしている。
性格はどことなく食えないような性格をしており何を考えているのかわからない。鳴海の話を持ち上げたり、エロ本談義に参加したりしている。だが、時折調子に乗りすぎて穂波から制裁を食らうこともある。無理強いはしないが、密かに鳴海が柔道を復帰することを期待している。
八重樫悦也 (やえがし えつや)- 声:石塚堅
芽衣の兄であり鳴海の親友。クラスは鳴海とは隣だが、昼食の時間になると鳴海と共に学食へ走ることが多い。柔道部員であり柔道馬鹿。朝錬を初め、放課後でも柔道をし、帰ってからも棗の家の柔道場に顔を出している。そして、体育の時間でも体育着を着ないで柔道着を着て活動している。意外にも成績はトップクラスだが、知識はあるが知恵が無いと言われている。何故か立ち絵で目元が見えない。芽衣の事を溺愛しており、一日数度携帯電話に連絡をしている。また、芽衣に近づく男にはたとえ友人である鳴海や誠であろうと許そうとしない。
鳴海とは柔道で知り合ったライバルであり、勝負は彼の勝ち越しだが、鳴海の実力を大きく認めている。そのため、幽霊部員となった鳴海をしつこく復帰するように説得している。

空打
本作(後述する『空缶』も含む)のおまけ要素として、『空打』(からぶち)と呼ばれる、いわゆるポンジャンに近い絵合わせゲームが収録されている。

『空缶』を除く3作品については、本編でクリアしたキャラクターから1人を選んで他のキャラクターと対戦し、最後まで勝てばご褒美といえるシーンが用意されている(PS2版のみ、コンティニューの有無により2種類に分岐する)。一方『空缶』においては、6人のヒロインから1人を選んで戦うのは同じだが、合間のデモは対戦格闘ゲームのような短い物であり、クリア後の特典もPC用の壁紙となっている。ただし、『空缶』ではネットワークを利用した対戦が可能である。

ちなみに『空缶』のそれのタイトルは『空打SPECIAL』となっており、タイトルロゴも『餓狼伝説スペシャル』のパロディとなっている。

2009年01月27日

武田 勝頼(たけだ かつより)

武田 勝頼(たけだ かつより)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての甲斐の武将・戦国大名。甲斐武田家第20代当主。武田二十四将の一人と数える場合もある。

当初は諏訪氏を継いだため、諏訪四郎勝頼、あるいは信濃・伊奈谷の高遠城主であったため、伊奈四郎勝頼ともいう。または、武田四郎、武田四郎勝頼とも言う。父信玄は足利義昭に官位と偏諱の授与を願ったが、織田信長の圧力によって果たせなかった。そのため正式な官位はない。

父は武田晴信(信玄)。母は信玄の側室である諏訪頼重の娘・諏訪御料人。正室は織田信長の養女・遠山夫人。継室に北条氏康の娘の北条夫人など。

信濃への領国拡大を行った信玄の庶子として生まれ、諏訪氏を継ぎ高遠城主となる。武田氏の正嫡である義信が信玄後期の義信事件により廃嫡されると継嗣となり、元亀4年(1573年)には信玄の死により家督を相続する。越後との対立から甲相駿との同盟を破棄し駿河へ侵攻、西上作戦を行い三河に進出した信玄の方針を継承し、織田信長、徳川家康と対峙するが、天正3年(1575年)長篠の戦いにおいて織田・徳川連合軍に大敗を喫する。以後急速に勢力が減退。越後と同盟し外交方針を転換するが、織田・徳川両氏と相模の後北条氏との両面作戦を余儀なくされ、領国の動揺を招く。政権末期には本国で新府城への府中移転により領国維持をはかるが、織田信長の侵攻(武田征伐)により失敗。1582年3月11日、天目山で自殺。これにより武田氏は滅亡した。

近世から近現代にかけて神格・英雄化された信玄との対比で武田氏滅亡を招いたとする否定的評価や悲劇の当主とする好意的評価など相対する評価がなされており、武田氏研究においても単独のテーマとしては扱わることが少なかったが、近年では新府城の発掘調査を契機とした勝頼政権の外交政策や内政、人物像など多様な研究が行われている。

生涯

出生から武田家世子へ
武田晴信の四男として生まれる。生誕地や生月日は不明。母は信虎後期から晴信初期に同盟関係であった信濃諏訪領主・諏訪頼重の娘「諏訪御料人」(実名不詳、乾福院殿)で、諏訪氏は同盟関係が破綻したため天文11年(1542年)に滅ぼされ、諏訪御料人は晴信の側室として武田氏の居城である甲府の躑躅ヶ崎館へ迎えられた(『高白斎記』天文11年条)。

躑躅ヶ崎館で母とともに育ったと考えられているが、武田家嫡男の義信や次男信親(竜宝)に関する記事の多い『高白斎記』においても勝頼や諏訪御料人に関する記事は見られず、乳母や傅役など幼年期の事情は不明。なお、『甲陽軍鑑』(以下『軍鑑』)では勝頼出生に至る経緯が詳細に記されているが、内容は疑問視されている(柴辻俊六による)。諏訪氏は武田と同盟関係であったが信玄の時代に滅ぼされ、母の諏訪御料人を側室に迎えることには武田家中でも根強い反対があったとも考えられている。なお、諏訪御料人は弘治元年(1555年)に死去している(墓碑銘文による)。

信玄は信濃侵攻を本格化し越後の上杉氏と対決し、永禄5年(1562年)には川中島の戦いにおいて信濃平定が一段落している。信玄は信濃支配において旧族に子女を入嗣させて懐柔する政策を取っており、勝頼の異母弟である盛信も同様に信濃仁科氏を継承して親族衆となっているが、勝頼も同年6月に諏訪家の名跡を継ぎ、諏訪氏の通字である「頼」を名乗り諏訪四郎勝頼となる(武田氏の通字である「信」を継承していない点が注目される)。『軍鑑』によれば勝頼は跡部右衛門尉ら8名の家臣団を付けられ、武田信豊らと共に親族衆に列せられている。

勝頼は城代秋山信友に代わり信濃高遠城主となり、『軍鑑』によれば勝頼の高遠城入城に際しては馬場信房が城の改修を行い、一説には伝説的軍師である山本勘助が縄張りを務めたという。実際に職掌としての用例は見られないものの、『軍鑑』によれば勝頼は「伊那郡代」であったといわれる。勝頼期の高遠領支配は3点の文書が残されているのみで具体的実情は不明であるものの、独自支配権を持つ支城領として機能していたと考えられている。ほか、事跡として高遠建福寺で行われた諏訪御料人の十七回忌や、永禄7年(1564年)に諏訪二宮小野神社に梵鐘を奉納したことなどが見られる。

初陣は、永禄6年(1563年)の上野箕輪城攻め(武蔵松山城攻めとも)。その後の上野箕輪城、倉賀野城攻め等でも功を挙げた。

永禄8年(1565年)、『軍鑑』に拠れば異母兄で武田家後継者であった義信の家臣らが信玄暗殺の密謀のため処刑され、義信自身も幽閉されている(義信事件、義信は幽閉された末、永禄10年(1567年)に死去)。同年11月には勝頼と尾張の織田信長養女との婚礼が進められており、この頃信玄は従来の北進戦略を変更し、織田家と同盟して信濃侵攻や東海方面への侵攻を具体化しており、家臣団の中にも今川氏の娘を室とする義信派との対立があったという。永禄10年には嫡男の信勝が誕生している。次兄の竜宝は生まれつきの盲目のために出家し、三兄の信之は夭逝している事から、勝頼が信玄の指名で後継者と定められ、元亀2年(1571年)2月には甲府へ召還され、叔父の信廉が高遠城主となっている。

家督相続
永禄12年(1569年)の北条氏の武蔵滝山城攻め、相模小田原城攻めに起因する三増峠の戦い、元亀元年(1570年)の駿河平定戦等においても武功を挙げた。

元亀2年(1571年)、信玄の命令で高遠城から躑躅ヶ崎館に移る。これは事実上、勝頼を後継者にすると信玄が明確にしたことを現すものであった。

元亀3年(1572年)、信玄が西上作戦(異説あり。三方ヶ原の戦い参照)を開始すると、一隊の大将として参戦し、12月の三方ヶ原の戦いでも織田・徳川連合軍と戦い、これを破るという武功を挙げた。このように信玄の晩年における主要な合戦の大半に参加して、武名を上げたといわれている。

元亀4年(1573年)4月、信玄が上洛作戦の途中で病死したため、武田姓に復し、家督を相続し、武田氏第20代当主となる[2]。 しかし信玄の死去により上洛作戦は頓挫し、勝頼は本拠地・甲斐に軍勢を撤退させた。
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織田・徳川の反攻
信玄の死により、織田信長、徳川家康らは窮地を脱した。そして信長は信長包囲網の黒幕である室町幕府将軍・足利義昭を河内に追放。同年の天正への改元後、さらに越前や近江に攻め入って浅井長政、朝倉義景を滅ぼした。また家康も武田氏に従っていた三河山間部の山家三方衆の内奥平貞能・貞昌親子を寝返らせるなど、信玄存命中は守勢一方であった織田・徳川連合軍の逆襲が始まった。

これに対して勝頼は、父以上の勢力拡大を目指して積極的な外征を実施する。天正2年(1574年)2月、東美濃の織田領に侵攻し、明智城を落とした。信長は嫡男・織田信忠と共に明智城の後詰(援軍)に出陣しようとしたが、それより前に勝頼が明智城を落としたため、信長は岐阜に撤退した。

6月、遠江の徳川領に侵入し、信玄が落とせなかった遠江の堅城・高天神城を陥落させて城将・小笠原長忠を降し、東遠江をほぼ平定した(高天神城の戦い)。

長篠の戦い
天正3年(1575年)、勝頼は先年徳川家康に寝返った奥平親子を討伐するために兵1万5000(一説には8000から1万)を率いて三河国へ侵入し、5月には奥平信昌が立て籠もる長篠城への攻撃を開始する。しかし、奥平勢が善戦する長篠城は武田軍の猛攻を支え、長篠城攻略に予想外の時間を費やすこととなる。そして、遂に織田信長・徳川家康の連合軍およそ3万5000(注:一説には織田軍1万2000。徳川軍4000)が長篠(設楽ヶ原)に到着し、馬防柵を含む陣城の構築を開始した。これに対し、勝頼は長篠城の抑えに兵2000を残し、主力1万3000(一説に兵6000)を率いて設楽ヶ原へ進出し、織田・徳川連合軍と対峙する。当時、甲州兵は強兵といわれ、また長篠決戦前日の小規模な戦闘で勝利していたこともあり、武田軍の士気は旺盛であった[3]。 しかし、もはや野戦ではなく、むしろ攻城戦に近い状況(攻城戦はより単純な兵力差が影響する)を感じ取った信玄以来の重鎮たちは撤退を進言したという[4]。

天正3年(1575年)5月20日、武田軍は織田との決戦を選択し、翌5月21日早朝に開戦することとなっ。

5月21日、午前6時頃から午後2時頃まで戦闘は続けられるが、数で劣りながら勇敢に攻めかかる武田軍では、連合軍防御陣の餌食となった山県昌景・土屋昌次らが戦死する。攻めの勢いを喪失したその後、武田軍は総崩れとなるが、敗走する中で馬場信春、内藤昌豊、原昌胤、真田信綱・昌輝兄弟等、有能な将士を次々と失ってしまう。また、本戦に先立つ鳶ノ巣砦の攻防戦では、主将の川窪兵庫、三枝守友などが、その直後に引き続き行われた長篠城近辺の戦闘で高坂昌澄が戦死している。

この敗北で、武田軍は1万人以上もの死傷者(一説には武田家1000、織田徳川連合軍600の損害)を出したといわれている(長篠の戦い)。

勝頼自身の退却も、一説によれば僅か数騎に護られただけという惨めなものであったといわれている。

御館の乱
長篠の戦いで敗北を喫し多くの有力武将を失い領国の動揺をも招いた武田に対し、織田信長・徳川家康の反攻は更に積極的になる。長篠合戦後、三河から武田方が締め出されたのを皮切りに、信長の下命を受けた嫡男・信忠を総大将とした織田軍によって東美濃の岩村城を陥落させられ、城将である秋山信友を失った。遠江でも、家康によって依田信蕃が降り、二俣城を奪還された。

これに対して勝頼は武田領国の再建を目指した。天正5年(1577年)、信玄期の宿敵であった上杉謙信と同盟を結んだ。また同年、甲相同盟を強化するため、北条氏政の妹を継室(遠山夫人は信勝出産後死去)として迎えた。

翌天正6年(1578年)、越後で上杉謙信が病死すると、謙信の二人の養子である上杉景虎(旧名・北条三郎)と上杉景勝(謙信の甥)との間で家督を巡り御館の乱が起こる。勝頼は北条氏政の弟(遠縁との説もある)であり北条から上杉に養子として出されていた景虎の支援を要請されて越後への出兵を行い調停を試みるが、外交方針を転換して、妹の菊姫を景勝に輿入れさせ、景勝の支持にまわった(甲越同盟)[7]。

武田家が景勝と和睦し越後を去った結果、戦いは景勝が勝ち、景虎は自害した。甲越同盟の成立は東上野において沼田領が獲得できたものの、同時に甲相同盟の解消を招いたため、勝頼は西の織田と対決すると同時に北条対策が必要になり、常陸国の佐竹氏との連携をはかっている(甲佐同盟)。また、駿河では徳川と北条の挟撃を受ける事態に陥った[8]。

この話を聞いた東国諸侯は「勝頼はこのたび大欲にふけって、義理の通し方を間違えた」と勝頼をそしったという(「小田原北条記」)。また武田滅亡後に庶民の間で「無情やな 国を寂滅(じゃくめつ) することは 越後の金の 諸行なりけり」という勝頼を嘲る落首がはやったという。

武田家滅亡
天正9年(1581年)、徳川軍の攻撃によって高天神城は窮地に陥るが(高天神城の戦い)、もはや勝頼には後詰することが出来なかった。高天神城落城は武田家の威信を大きく下げることとなり、国人衆は大きく動揺した。これを境に織田・徳川からの調略が激しくなり、日頃から不仲な一門衆や日和見の国人の造反も始まることになる。

勝頼は、近い将来攻め込んでくるであろう織田・徳川連合軍への備えのため、躑躅ヶ崎館より強固な韮崎の地に新府城を築城して防備を固めるとともに、武田軍団の再編成を目指した。しかし、そのために膨大な軍資金を支配下の国人衆に課すことになり、皮肉にも却って国人衆の造反を招く結果となった。なお国人衆の反発は勝頼の中央集権化を目指した政策に原因があるとする意見もある。

天正10年(1582年)2月には、信玄の娘婿で外戚の木曾義昌が新府城築城のための負担増大への不満から織田信長に寝返る。勝頼は外戚の木曾義昌の反逆に激怒し、即座に木曾討伐の軍勢を送り出した。しかし雪に阻まれ進軍は困難を極め、地理に詳しい木曽軍に翻弄された。その間に織田信忠が伊奈方面から、金森長近が飛騨から、徳川家康が駿河から、北条氏直が関東及び伊豆から武田領に侵攻してくる(武田征伐)。

これに対して武田軍では組織的な抵抗ができなかった。勝頼の叔父・武田信廉は在城する対織田・徳川防戦の要であった大島城を捨て甲斐に敗走し、信濃伊那城においては織田軍が迫ってくると城主・下条信氏が家老によって追放され、織田軍を自ら迎え入れてしまった。信濃松尾城主の小笠原信嶺、駿河田中城主の依田信蕃らも織田・徳川連合軍の侵攻を前に戦わずして降伏する。さらに武田一族の重鎮である穴山信君までも勝頼を見限り、徳川家康を介して織田信長に服属を誓った。これにより武田氏に属する国人衆は大きく動揺する。

この情報に接した武田軍の将兵は人間不信を起こし、疑心暗鬼に苛まれた将兵は勝頼を見捨て、隙を見ては次々と逃げ出したのである。唯一、抵抗らしい抵抗を見せたのは勝頼の弟である仁科盛信が籠城する高遠城だけであった。また母の実家である諏訪家の一門諏訪頼豊は「勝頼から冷遇されていた」と言われているにも関わらず、武田征伐に乗じて諏訪家再興をしようとする家臣の意見を聞かずに鳥居峠の戦いで戦死している。

同年3月、勝頼は未完成の新府城に放火して逃亡した。甲斐の有力国人で一門衆の小山田信茂と、信濃国人である真田昌幸が、勝頼を受け入れることを表明した。勝頼が選んだのは武田家の本領である甲斐国人・小山田信茂の居城である岩殿城であった(注:小山田氏の居城は谷村城で、岩殿城は小山田領内の武田家直轄の城であるという説もある)。しかし、信茂は織田信長に投降することに方針を変換し、勝頼は進路をふさがれた。後方からは滝川一益の追手に追われ、逃げ場所が無いことを悟った勝頼一行は武田氏ゆかりの地である天目山を目指した。

しかし、その途上の田野でついに追手に捕捉され、嫡男の信勝や正室の北条夫人とともに自害した(天目山の戦い)。享年37。これによって、450年の歴史を誇る名門・甲斐武田氏は滅亡した。後に徳川家康により菩提寺として景徳院が建てられ、嫡男の信勝や正室の北条夫人と共に菩提が祭られている。

江戸以降に再興する武田家は勝頼の兄で盲目のため出家していた次兄・海野信親(竜芳)の系譜である。

2009年01月19日

ハイレグ

ハイレグとは、ハイレグカット(High leg cut)の略称で、主に女性用の下着や水着のデザインの一種である。

ハイレグの脚刳り(あしぐり)の位置は、各衣服の通常持っているラインよりも深く、ウエストラインとヒップラインの中間点あたりまで切り込まれて鋭角ラインをなしている。ちなみに、脚刳りの位置がウエストラインの上まで切り込まれているものをスーパーハイレグという。

ハイレグの特徴としては以下のような点が挙げられる。

セクシーで人目を引く
脚が長く見える
動きやすい
涼しい
ブロース フィンガ チボウ ハロゲン アゴニスト リバタ シェル ハーフ あまおう スカム シャーク ステコミ ジャブ ブレー スリー フィッシュ ポプラ ロユリ ランブル さとち マリン マンディー プラク ヒール ルノー リスト ドオオ ヒット ダンス にしなり ブール マレー ビアン ハイタッチ デッキ エイド タグ最強 ホップ ラッチ サブリ ジェイリ タバスコ ワンダン ステーキ 恋人たち プレス オフィス レイシズ とまや バージャケ


歴史
1976年のモントリオールオリンピックでナディア・コマネチがハイレグ型のレオタードを身に着けていた。ビートたけしが「コマネチ!」と叫び脚の付け根をV字型になぞる一発ギャグはそのレオタードの形状を現したものである。しかし、この頃はまだ「ハイレグ」という言葉はなかった。

1978年、イスラエルのユダヤ人デザイナー、ギデオン・オバソンが、「ハイレグカット」の斬新なデザインの水着を発表。これが世界的に大ヒットしたのである。(イスラエル最南端の町エイラートは「ハイレグ発祥の地」と呼ばれている。)

日本でも1980年代中頃から、女性のワンピース型水着やレースクイーンのコスチュームにおいてもハイレグが流行するようになり、バブル景気時代(1980年代後半?1990年代初頭)はハイレグ水着やハイレグ・レオタードの全盛時代となった。レースクイーンはスーパーハイレグ・レオタードを着用した。(岡本夏生が元祖ハイレグの女王と呼ばれた)

その後、1990年代からはビキニやタンキニなどセパレート型水着の復活、ローライズなどの流行により、脚刳りのラインカットは多様化してきている。

ローレグ - ハイレグの対義語で、股間部分の布が鈍角なもの。サブカルチャーの世界ではローライズと混同され独自の形態の衣服を表す言葉となった。(当該項目内にて詳述)
ローライズ - ハイレグとは逆に、股上(ウエスト側)の布を減らしたデザイン。

ローレグとは、

ハイレグの対義語で、脚刳りのカットが浅いボトムのこと。
絵や漫画の中にのみ存在する極端に股上が浅いボトムのこと。
ローレグとは、ローレッグカット(英語:Low leg cut)の略称で、主に女性用の下着や水着のデザインの一種である。ローカットとも称される。 脚刳り(あしぐり)のラインが浅く、太もも側に布地が多く取られているものを指す。肌の露出が抑えられるが、デザインによっては動きやすさや通気性が劣ることがある。

このような脚刳り(あしぐり)のラインによる分類としては、脚の付け根のラインとほぼ同一になっているものを「ノーマル(レギュラーカット)」とし、それよりも深く、脚の付け根部分が露出するものを「ハイレグ(ハイレッグカット)」、更に深くウエストラインの上まで切り込まれているものを「スーパーハイレグ」、ローレグよりもさらに浅く、一部丈程度の形状になるものを「ボーイレッグ」と称している。

また、脚刳り側でなく股上を浅くしたデザインには、ローライズ(ヒップハンガー)、ビキニなどがある。
ある同人作家がローライズの下着などの股上をより過激に浅くしたデザインのことを、ハイレグと正反対だからという理由でローレグ(ローは英語の low・低い の意)と呼ぶことを提唱してから広がった萌え要素の一種である。

その股上は陰毛が生えていれば丸見えになってしまうほど浅く、しばしば性器さえも見えるか見えないかというギリギリの状態であり、「穿いているほうが恥ずかしい」エロチックな要素を持った衣装の一つとしてフィクションの表現として定着した。首記のとおりこのような衣服の形態は「ローライズ」であり、言葉の誤用であるが、実際描かれている絵や漫画、同人誌などでは、それらほとんど全てがローライズと呼ぶには無理があるほど股下が低く小さくなったものの割合が多いため、あえて区別させるためにこの呼び方が使われている側面がある。

なお、実際の下着などでのローライズは陰毛などが見えない程度の浅さであり、こういったものが多数存在するとか、流行するといった兆候はなく、あくまでもフィクションの中の産物であるが、極端に覆う面積の少ないセクシーなデザインのショーツは市販されている。