無伴奏歌唱は、教会の最初期からキリスト教の典礼に組み込まれていた。1990年代半ばまでは、古代イスラエルの詩篇歌唱が初期キリスト教の典礼および聖歌に強く影響を与えたと考えられていたが、今日では、最初期のキリスト教の聖歌には詩篇をテキストとするものがなく、また紀元70年のイスラエル包囲以後数世紀にわたってシナゴーグで詩篇が歌われていなかったことから、この見解は研究者の間では否定されている。ただし、初期キリスト教の典礼がユダヤ教の伝統を受け継ぎ、それが後まで聖歌のなかに痕跡を留めていることは事実である。例えば聖務日課はユダヤ教の祈りの時間に起源をもつものである。また、アーメンやアレルヤはヘブライ語であり、「サンクトゥス」の三唱はアミダー(立祷)でおこなわれるケドゥーシャ(三聖唱・「神は聖なるかな」と3度唱える)を受け継ぐものである。
新約聖書には、最後の晩餐で賛美歌を歌ったことが言及されている。すなわち「賛美の歌を歌ってから、彼らはオリーブ山へと出て行った」とある。また教皇クレメンス1世やテルトゥリアヌス、アレクサンドリアのアタナシオス、エゲリアなどの記録にも、初期キリスト教で賛美歌が歌われていたことがみえるが、その言及は詩的もしくはあいまいなもので、この時代の音楽が実際にどのようなものだったかはほとんどわからない。3世紀成立のギリシア語のパピルス写本オクシュリンコス賛美歌には、音楽的な記譜があるが、この賛美歌とキリスト教の聖歌の伝統との関係は明らかでない。
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一方、後にローマ典礼で用いられることになる音楽的要素は、3世紀には出現している。対立教皇ヒッポリュトスに著者が比定される『使徒伝承』では、アレルヤを繰返し唱えるハレル(詩篇に基づくユダヤ教の朗誦)を、初期キリスト教の愛餐(アガペー餐)と結びつけている 。定時課に歌われる聖務日課の聖歌は、4世紀初頭、聖アントニウスに従って砂漠で修業を行った修道僧たちが始めた、毎週150の詩篇を一巡して歌う連誦に起源を持つ。375年頃には、東方のキリスト教ではアンティフォナ的な賛美歌が流行し、386年にアンブロジウスによってこれが西方にもたらされた。